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1949「関東大震災の治安回顧」抜粋(千葉自警団)その2

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『関東大震災の治安回顧』75頁からの文字起こしです。 読みやすくするため、一部の「旧字体」を「新字体」にしました。誤字脱字等はご容赦ください。 第四章 自警團騷擾の勃發 第二節 各県下の騒擾状況 第一款 千葉県下の騒擾状況  千葉に於ける自警団騒擾は、既述の如く件数にして総数二十一件に達し、九月三日以降同月六日迄の前後四日間に亘り、同県下十六個町村の治安を擾乱したが、先づ之等騒擾発生の場所及び時期を表示し、大で各騒擾の状況を概説すれば、次の如くであった。   東葛飾郡浦安町  九月三日、四日   同   馬橋村  九月三日   同   葛飾村  九月四日   同   船橋町  九月三日、四日   同   我孫子町 九月三日、四日   同   中山村  九月四日、五日   同   南行德村 九月四日、五日   同   小金町  九月五日   同   福田村  九月六日   香取郡 滑河町  九月四日   同   神崎町  九月四日   同   佐原町  九月四日、五日   君津郡木更津町  九月四日、五日   千葉郡検見川町  九月五日   印旛郡成田町   九月四日   海上郡三川村   九月四日  而して右各町村に於ける騒擾は、次に述べるが如く多くは単発であったが、浦安町に於ては三件、船橋町、中山村、木更津町に於ては各二件の併発を見る状況であった。 (76頁の地図) 第一、東葛飾郡浦安町に於ける騒擾 一、九月二日、鮮人二名が其の雇主たる内地人一名と共に、震災の厄を逃れて浦安町堀江所在の田辺某方に避難して来た。然るに同町内を自警中であつた数百名の群衆は、之等鮮人二名を不逞鮮人と誤認し、翌三日午後十一時頃に至るや、竹槍、棍棒等を携へて田辺方に押寄せ、忽ち同家を包囲した上、右鮮人二名の引渡を迫り、之を制止せんとした駐在巡査等に対して危害を加へるが如き険悪な気勢を示して喧噪し、途に該鮮人二名を同家から引出して縛り上げ、同町堀江地先なる江戸川堤防水番小屋附近に連れて行き、日本刀其の他の兇器を振って右鮮人二名を殺害し、騒擾を惹起した。 二、九月三日午後、浦安町当代島所在の金橋某方の雇人である内地人一名が同町猫実に来たところ、折柄警戒中の数十名の群衆は同人を見附けて鮮人と疑ひ直に取押へて縛り上げ、取調の爲めとして同町役場へ連行したが、其の際同役場前に蝟集して居た百名の群衆は、同